觀光を学ぶことの5W1H:

觀光を学ぶことの5W1H:  觀光を学ぶことの一丁目一番地、基本中の基本は、地元を愛し、地元の魅力を熟知することにあるのを、もっと広く、知られて欲しいですね。  地元を愛する人々から学び、その魅力を、自分自身の言葉で語り、伝えられるようになり、仲間になり、「誰に」(Whom)、「何故」(Why)、其の地元に来て欲しいのかについて、理…
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「経済成長を、止めてみんか?」

 学生時代に、阪急石橋駅の近くに住んでいた、女房のじいさんから、「経済成長を、止めてみんか?」とのご下問があり、4年ほど悩み抜いて、大学院生の頃、「止められません。」との結論に至り、そのように答えたところ、「ほほう、そうかね。」と微笑まれたことでした。  宇宙の誕生以来、130億年ほどの変化に次ぐ変化の大きな流れが、止まったこともない…
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”観光の分野には、高齢化を活かしていく可能性が、とても大きい。”

ふと思ったこと: ”観光の分野には、高齢化を活かしていく可能性が、とても大きい。”  高齢化は、老衰化とは同義ではなく、前向きな意義を持つ。  健康寿命までの間は、積極的に働くことの出来る社会を、創り出していくべきである、日本の新たな未来像の一つが、其処にある、と。 ・・・健康寿命は男女ともに年々延びている。 男性は01年に69…
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観光は、平和と共にある。

大阪経済法科大学で行った、昨日の講義を振り返りながら、ふと思ったこと:  「観光は、平和と共にある。」 平和に依存し、平和に貢献しています。  旅先で、食べること、動くこと、眠ることへの「安心・安全」が行き届き、平和が保たれていることを、欠かせません。日本の旅行業界でも、顧客の満足を得る根源と位置づけ、「あご、あし、まくら」とも略…
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犬のテツと猫のオリーブ

 飼い主が引っ越してしまい、やって来た猫が、警戒心を解いていって、飼い猫のようなってくれた嬉しさを、Facebookに書き込まれた方が居られました。  心が通い合うと、犬も猫も、その子の良さが、大きく啓いていきますね。犬には、その相手が一瞬でわかり、全身で表してくるところがありますが、猫は、慎重に、遠巻きに確かめながら、そ~~っと親し…
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鉄道輸送の技術移転

とても嬉しいニュースです。 ・・・地下鉄は1200億円余りの円借款を活用し、日本の大手建設会社がインドネシアの企業と合同で最新の技術を使って建設を進めました。地下鉄の安全対策や運行を管理するいわゆるソフト面でも日本が支援をしています。・・・ とのこと。  安全対策は、最優先の課題です。  長期間にわたって、「無事故」を実現するに…
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繋がる「御恩送り」

先週末に、嬉しいことが重なりました。  甥っ子の結婚式・披露宴に出席出来たこと、その為に帰省した長男夫婦に授かった、六番目の孫とも”対話”が進んだこと、などなど。  大阪城にある歴史的建造物「旧第四師団司令部庁舎」でもある、ミライザ大阪城が披露宴会場、豊国神社で挙式。会場で支度が整った二人は、人力車に乗って移動する間、沢山の海外から…
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所作を見習う

錦小路に、立ち寄る機会がありました。  京都を訪れる観光客のみなさんにも、人気は根強いようですが、錦小路には、変化する営みも続いているようです。  錦小路には、半世紀ほど前から、時折訪れていますが、外国からのお客様が激増したここ数年の変化は、顕著ですね。古くからの顧客が離れ始めているのには、心痛むものがあります。  お店の皆さん…
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EXPO'70(1970年の大阪万博)の想い出

 EXPO'70(1970年の大阪万博)の際に、関西学院大学社会学部の4年生だった私は、日本政府館渉外広報部の儀典官として働くという幸運に恵まれました。  春休みの短いアルバイトのつもりで会場部に入ったのですが、間もなく渉外広報部に異動を命じられ、内外のVIPの接遇や、77館あった外国館との交際実務などに携わることになり、9月の閉幕ま…
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一度限りの人生を生き抜く「物語り」

今日の所感は、以下の通りです:  一度限りの人生を生き抜くには、その人生を支え、その生命を賭ける「物語り」が、必要である。  「日本国の物語り」を、「日本国紀」に見出そうとする人、見出せたとする人、見出せないとする人、見出そうともしない人、等々が、「日本国紀」をベストセラーに押し上げるほどに広がっている。この現象を、どう見て取ればい…
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観光の戦略目標

2003年2月に観光立国宣言が行われたのに続き、4月に、 「観光立国懇談会報告書-住んでよし、訪れてよしの国づくり-」 が出されて、15年間を経た現在、多くの専門家たちと意見交換を重ねる機会が、大きく広がってきているのは、とても嬉しいことですね。  2003年には、こんな文章を書いていました。 「シリア観光の現状と将来」第二部 …
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ふと、思ったこと:  「組織とは、・・・

ふと、思ったこと:  「組織とは、それに使われるものではなく、それを使いこなすものである。」と諭して下さり、目前で実践しておられた、大学の恩師でもあり、先輩でもあり、兄貴のような存在でもあった方からの言葉を、肝に銘じてきました。  組織での地位や肩書や使命は、牢獄などではなく、活動の足場であり、基点であり、起点として活かしていくもの…
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二つのR と二つのW

 素敵なインタビューですね。  田辺市熊野ツーリズムビューローには、これから急増していくであろう、日本各地の観光の在り方について、Sustainable Tourismの本質を、簡潔に、責任を持つことと、リスペクトされることに要約されるなど、先駆的な経験が蓄積されてきていると思います。 ☆ 二つのR:  多田会長によれば、日本語で…
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理合で行け

 1960年代の中ごろに、「居合に十段なし」とされ、周りから、ならば九段をと言われることも厭われて、ご自分では、七段以上の段位を名乗ることのなかった方、政岡壱實(まさおか かつたね)先生を、恩師として、居合道の手解きを戴きました。  この頃、十段を名乗られる居合道家が幾人もおられ、その数人の方の演武に実際に接する機会にも恵まれましたが…
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65回目を迎えたヨサコイ

 ヨサコイで、未だに驚き続けているのは、こうしたチームの運営が、普段はフツーの土佐人たちの手によって、半世紀を大きく超える長きに亘って、担われてきていることなのです。  衣装も、振り付けも、音楽も、後継者たちの育成も、組織の運営にも、プロはいませんし、地元を中心に全国から200を超えるチームの参加するようになった大イベントを、大きな組…
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無茶とは、

ふと思ったこと: 喫茶去。(趙州録) 迎える者が、訪れる者に、お茶を勧める言葉です。 無茶とは、人と人の出会う間に、このお茶すら無い様子を意味するとの由。 無茶苦茶なことの多い世の中の人々の間に、このお茶の心を、広めたいものです。 まずは、一椀の「お茶を召し上がれ」、と。
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観光哲学

日本の観光について、ふと思ったこと:  未来への無数の選択肢を、選び取る「軸足」の踏みしめるべき土台を固めるには、哲学的な考察を、深めていかねばなりません。日本文化の源流を確かめていく考察も、欠かせません。  日本列島を舞台に、グローバルな視野で、何を「観光資源」とするのか、その理由は何か、どの観光資源を未来の世代に受け継いでいくの…
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良寛さんの一粒の涙

ふと、良寛さんのこんな逸話を思い出しました。  ・・・素行の悪い甥っ子の説教を頼まれたのに、何も言いだすことができず、帰ろうと、草鞋を結んでいる甥っ子の手の甲に、暖かいものを感じて、ふと見上げると、良寛さんの両目に一杯に溜まった涙が、一粒、溢れてきたのでした・・・  良寛さんは、この甥っ子に、何を感じとり、何を伝えたかったのか、そし…
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入れ替え戦の勝利

 応援を続けてきている、大阪観光大学硬式野球部が、本日(5月24日)の試合で、入れ替え戦を2連勝で締めくくることが出来、この秋も、近畿学生野球連盟Ⅰ部リーグに留まり、その厳しい闘いの場に、挑み続ける機会を得られました。  昨秋念願の昇格を果たした、Ⅰ部リーグでのこの春シーズンの闘いに、2勝1敗で勝ち点1を挙げた後、8連敗を喫し、最下位…
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北大阪急行 運賃が安いのは何故?

とても懐かしい映像です。貴重な青春の思い出が蘇ります。  1970年の3月14日に開幕した大阪万博の際に、私は、四月から大学四年生。縁あって、3月の下旬から、日本政府館でアルバイトをすることになりました。  間もなく、会場部から渉外広報部に配置転換され、主に77館あった外国館を相手とするVIP担当となり、敬語と英語漬けの日々が始まり…
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